日本には妙な慣習がある。定年である。国がリタイアすべき年齢を決めている。おかしな話だと思うが、六〇歳を前にすると、いわゆる「定年後」が話題になる場合も多い。
仕事はもとより、様々な趣味、勉学怠りなし、という人物、友人のAさんだ。キャリアカウンセラーの資格は、今の彼の生活の糧にもなった。その知識欲は彼の好奇心の賜物といえるだろうし、彼の生命力を支えてもいたように思う。
ところが、である。どうしたことか、彼の生命力が枯渇したとでもいうのであろうか。「早くリタイアしたい」と、また「男の更年期は何歳頃なのか」と私に問うのである。
Aさんは五六歳。ここ五年ほどは「非正規」という立場で家族を養うに相応の賃金を捻出している。「僕は十分に走った」とも言った。確かに、その姿を傍らで見てきた者として、彼の言い分はもっともかもしれない。
今、彼の生活の中で大きなウェートを占めるのが、山谷(東京の台東区、荒川区にある日雇い労働者の滞在する場所)でのカウンセリングである。
あまりに過酷な現実と向き合うこと、週に三日。現状を話す彼の表情には、恐らく語り手と同様の苦渋がうかんでいたように思われた。
「誰だって、いつそうなるかわからないよ」。その声は切実だった。
このような側面を、今のAさんは抱えている。
その一方、地域との関わりの中で、その有り難み(めったにない)を噛みしめたこともあった。
彼のマンションの管理組合は単独で一つの自治会を構成している。
子どものいないAさんにとって、地域とのつながりについては、ほとんど諦観(あきらめ)していた。
ある自治会のイベントが終り、その打ち上げの様子を語るかれの表情は、先述の表情とはまったく異質なものだった。
「足元を見る」は相手の弱みにつけこむ、という意味になるだろうか。
ただ、今生きるその足元を見つめることは、生きることの意味や喜びを再確認することになるかもしれない。