先ず、今の自分を受け入れよう

茨城県の片田舎から、埼玉県の片田舎の大学へ進学したI君。就職を意識し、三日前に髪を切ったという彼の表情には、活力や覇気よりも、悲しげでうつろな印象を受けた。

教育熱心だった彼の母は、彼が小学生のころから珠算や絵画、学習塾…。週に四日は何かの「習い事」をさせた、という。心臓に疾患をもつ彼に、親として最大限のことをしよう、という思い、聞いている私にも十分伝わってきた。その教育費を捻出するために、母として自ら働き始めたこと、彼も痛いほど承知していた。

しかし、母や父が大きな期待をかけ、それに応えようとする彼の気持ちは、結果として報われることはなかった。彼は、中学受験に失敗し、心ならずも工業高校に進学した。もやもやした曇りを払拭できぬまま、大学生になった。挫折感や失望感を胸中に抱いたまま、彼は大学に通学している。

「僕は、小さい頃から色んな習い事や勉強をしたけど、全部ムダだったような気がする。大学に入学してからも、アパートの上に住むクラスの友だちとちょっとしたことで仲が悪くなった。それから、大学の授業にもあまり出席しなくなった。」

彼の頭の中は、まるで負のスパイラルで覆われているようだった。

人間関係については妙に敏感で、「僕は、皆から嫌われているのではないか」「僕の友だちは2人しかいない。」と語る。

トランジション(節目)にある、この大切な時、まさに今こそ発想の転換をしなければならないだろう。

今まで経験したことにムダなことなど何もないこと。人間関係に敏感であるより、多少鈍感で厚かましいくらいの方がよいこと。「何とかなるだろう。」程度の楽な気持ちでいること。

きっと本人も周囲も居心地良くなるのではないか。

そんなことを話しながら、彼の表情がいくらか穏やかになったことで、私の心にも薄日が差し込んできた。

安部博文

安部博文株式会社エンシュー 代表取締役

投稿者の過去記事

熊本市出身。法政大学政策科学研究科修了。短大、大学、専門学校、予備校の講師として教壇に立つ傍ら、公務員試験本や大学生の一般教養書籍を執筆しています。

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